いせたつの「挑戦者たれ!」

日々心の徒然をそのままに

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『情熱のJAYCEE養成講座「絆」』

所信に「個と組織の一体感」と掲げた。

まずは「個」、自分自身に矢印を向けることが必要だ。

そんな想いから『情熱のJAYCEE養成講座「絆」』

アカデミー特別委員会に企画をゆだねた。

この事業はシリーズである。

JCとは関係のない外部講師もそれも一理あるだろう。

しかし、自分はJCで想いをかけて行動した先輩を是非講師でお呼びしたかった。

第1弾として、理事長・ブロ長・地区担まで歴任された「牧田和樹先輩」にご講演をいただいた。

dsc02471.jpg

牧田先輩の講演は我々の琴線に触れたと実感した。

人間は成長しなければならない。

成長する=出来ないことが出来るようになること。

そのためには知恵を身につけなければならない。

「知恵=知識×経験」の図式なのだ。

知識とは、人から学ぶ・本から学ぶ、色々ある。

そして、経験と体験は明らかに異なるのだ。

経験は能動的な行動である。しかもそこには責任がある。

責任を持って行動する人。

そんな人と人が交じり合うと、そこに人脈が生まれるのだ。

人と人の触れ合いの根本は思いやりである。

利他と自利のバランス。だれもが表裏一体である。

自らのことは置いといて、相手のことをまずどれだけ思えるか。

それが信頼関係なのだ。

そんな無限のチャンスを掴む場が「JC」なのだ。

そんな人として大事なことを、牧田先輩は私達に伝えてくれた。

先輩、ありがとう。

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  1. 2008/02/29(金) 02:42:05|
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モチベーション

リーダーとして大切なものは何か。

「情熱」である。

情熱は必ず周りに伝わっていくものだと信じている。

情熱の塊は「モチベーション」だ。

そして、リーダーはそのモチベーションをどんな時も維持しなければならない。

「持続する情熱」、

それがモチベーションである。

  1. 2008/02/28(木) 02:32:20|
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心の風景

人は誰しも原体験に基づく「心の風景」がある。

その風景はおのおのだ。

富山県人なら全員が「立山」だろう。

冬のたまに晴れた日に屏風のように白い化粧をまとい、

そそりたつあの立山は紛れもなく自分という人間の根幹に染み渡っている。

どんな遠くの地に住むことになっても、この心の風景は決して色褪せる事は無い。

むしろ自分のルーツを再確認する。

何気ない日常で目に映る光景が、場面を変えたときに、

己の心の成長の根幹を成していると感じた瞬間。

それが「心の風景」である。

  1. 2008/02/27(水) 00:16:45|
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高波被害

黒部・入善地区で高波被害があった。

中島理事長@黒部JCからは、今日メールで被害状況の写真が送られてきた。

廣瀬理事長@新川JCからは、本日お電話をいただいた。

今日現在、ボランティアセンターが立ち上がり、今日明日とは入善地区の

ボランティアに限り活動してもらうとのこと。

新川JCとして、昨日の夕方に「うどんの炊き出し」を行われたそうだ。

今日の北日本新聞にその様子が掲載されている。

我々射水JCとしても、この人的支援に関しては最優先事項として取組むべきだ。

富山ブロックと連携しながら、判断していきたい。

突発的に要請がある場合も想定される。

射水JCの皆さん、心の準備をよろしくお願いいたします!

  1. 2008/02/26(火) 19:56:30|
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日本人Part4

昨年、高田顧問から突然プレゼントをもらった。

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尋常小学校修身書の復刻版第一巻から第六巻だ。

第一巻は、大正七年印刷と記されてあった。

人して備わっていなければならない大切なものが記されてある。

第二巻の目次だけでもこうだ

・ジブン ノ コト ハ ジブン デ セヨ
・ジマン スル ナ
・オクビヤウ デ アルナ
・ヒト ノ アヤマチ ヲ ユルセ
・ヤクソク ヲ マモレ
・オン ヲ ワスレルナ
・ソセン ヲ タツトベ
・シンバウ ヅヨク アレ


日本人は、生まれた時から日本人ではない。

このような教育が日本人を作るのだ。

第三巻の最後にこう記されいる。

以下は原文のまま。


「第二十七 よい日本人
よい日本人となるには、つねに天皇陛下・皇后陛下の御徳をあふぎ、
又つねに皇大神宮をうやまつて、ちゅうくんあいこくの心をおこさなけ
ればなりません。
父母に孝行をつくし、師をうやまひ、友だちにはしんせつにし、近所
の人にはよくつきあはなければなりません。
しやうぢきで、くわんだいで、じぜんの心も深く、人からうけたおんを
わすれず、人と共同してたすけあひ、きそくにはしたがひ、じぶんの
物と人の物とのわかちをつけ、又せけんのためにこうえきをはからな
ければなりません。
その外ぎやうぎをよくし、物をせいとんし、しごとにほねをりがくもん
にはげみ、からだのけんかうにきをつけ、ゆうきをやしなひ、かんにん
の心つよく、物にあわてないやうにし、又けんやくの心がけがなけれ
ばなりません。
かやうにじぶんのおこなひをつつしんで、よく人にまじはり、よのため
人のためにつくすやうに心がけるのは、よい日本人になるに大切なこ
とです。さうしてこれらの心えはまごころからおこなはなければなりません。                                              をはり」



戦後この修身書は学校教育から抹消された。

この意味を深く考えなければならない。

  1. 2008/02/26(火) 00:54:29|
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進化

本年度の射水JCでは、過去より継続されてきている青少年育成事業の見直しをする。

自分も8年前に、この事業の委員長をしたこともあり思い入れがかなりある。

事業を立ち上げた当時と今では環境が変化している。

JCも旧新湊と旧射水が統合し、新射水JCとなった。

そして行政も市町村合併をし、新しい市になった。

当然対象エリアが広がり、対象者である子供達も増えた。

事業の目的は変わらない。

時代のニーズに合わせ、手法としての事業形態が進化しなければならない。

子供達だけではなく、親や、これから親になろうとする世代の人や、

様々なまちの人と共に事業に携わっていかなければならない。

またJCとして「まちのひと」に見えるカタチの事業を行っていかなければならない。

そんな想いも込めて、委員会名を「地域共育実践委員会」とした。

今委員会で産みの苦しみで智恵を絞っている。

色々な意見が衝突しているという話も自分の耳に届いている。

しかし、最初にメスを入れ改革した者こそが「挑戦者たれ」なのだ。

「種の起源」の著者であるダーウィンが言ったかどうかでは定かではないらしいが、

こんなコトバがある。


「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である」


  1. 2008/02/25(月) 00:39:41|
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UFO

今日は少し息抜きしたお題で。

「UFOを見たことがあるか?」

この事を言うと皆が笑う。

実は自分は何回も見ているのだ。

最初は小学4年の時だ。

近所の友達の家で数人で遊んでいた。

夕方になり、家に帰ろうと思い、友達数人と道を歩いていた。

その時はるか向こうの空に、黄色い丸い光がポツンとひとつだけ見えた。

何これ?と思った矢先に、そのひとつの光が無数に分かれ、

突如ひとつひとつが楕円形になり、オレンジ色に輝きだした。

そして一塊の三角形の編隊を成し、自分たちの頭上を猛スピードで走り、

パッと消えてしまった。

その後10年に1回位は見ている。

こんな事をカミングアウトすると変人と思われるかもしれない。

でもこの広大な宇宙に、知的生命体は唯一人間だけのはずがないし、

そんな事を考えていること自体夢があっていいだろうと思う。

  1. 2008/02/24(日) 00:05:53|
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スローガン

本年度、射水JCのスローガンを「挑戦者たれ」と掲げた。

今まで14年間、JCに在籍しているが、

失礼な事に歴代理事長の所信はあんまり覚えていない。

だが、スローガンは結構明確に覚えている。

その時はピンと来なかったスローガンが今になって心に染みたりしている。

自分自身がそんな事を思い、無い智恵を振り絞ってスローガンを掲げた。

この「挑戦者たれ」というスローガンは自分の言霊(ことだま)だ。

己の想いが全て詰まっている。

最近、少づつ、色んな場面でこの「挑戦者たれ」を使うメンバーが増えている。

嬉しい限りだ。

喉が枯れるまで言い続けていこうと思う。

ただ、イッキ飲みの時に使うのは微妙である(笑)

  1. 2008/02/23(土) 06:35:55|
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ブロ長公式訪問

橋本会長はじめとするブロック役員が射水の地に来ていただいた。

ブロック会長公式訪問は、日本・北陸信越地区・富山ブロックと、

射水JCとの事業計画や方向性の相互理解の為に行う。

昨年はブロック運営専務だったので、9LOM全てに出席した。

設営する側だったので、何かと気を使う場面が多かった。

本日司会の渡辺事務次長の緊張した進行振りが気を引き締めた。

日本JCの協働運動・連携推進運動がここ近年全国各地で成果を出してきた。

やっと縦軸と横軸のベクトルが合わさってきた。

実際に活動を行うのは各地の青年会議所である。

全国711あるLOMがバラバラの活動を行っていたのでは、活動は運動にはならない。

志をひとつにして、お互いの目標を共有して、青年として今アクションを起こさねばならない。

いきなり話が変わるが、

予定者段階でブロックから射水JCに、

「会員ネットワーク委員長」を輩出してほしいという依頼が来た。

役職を引受けてくれるかどうか、そんな不安を胸に、

徳永勝久君にお願いした。

彼は無口だ。お願いしてしばらく沈黙した後に、

「ありがとうございます。精一杯やります」と返事をしてくれた。

その後に彼からメールをもらった。

「自分の中では、ブロックの委員長をやりたいという思いよりも、
ラストイヤーになる伊勢さん、大介さん、松野さんへ恩返しをしなければ
という思いで引き受けさせていただきました」


胸がジーンとなった。

彼は今、射水JCの看板をしょって、精一杯頑張っている。

そしてそんな「義」を持って出向してくれた、

射水JC出向メンバー全員に敬意を評したい。

  1. 2008/02/22(金) 00:07:57|
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通過点

本日は、射水JC2月度理事会が開催された。

事業を計画している委員長は、

この理事会で自らの事業計画が承認されないと事業を遂行することは出来ない。

いわば委員長の登竜門である。

理事会で多岐に渡る意見や質問が出る。

質問に対しては、まず明確な結論を真っ先に述べ、

その後に説明をしていかなければ、質問と答弁は噛み合わない。

今日の理事会では、委員長はなかなか答弁できずもがき苦しんでいた。

決してディベートに長けている人が、いいのではない。

不器用でもいい。

「何の為に、誰の為に、どうやって」という、

その事業にかける「思い」が伝わればいいのだ。

その思いが伝われば、人は詳しい説明が無くても、

この人なら必ずや何かをしてくれるだろういう期待に変わるのだ。

JCでは通過点である理事会でその事を伝えることが出来なければ、

当然対象である市民には伝わらないだろう。

ここに一切の妥協は許されない。

委員長が委員会メンバーと練り上げてきたその事業計画は、

もはや委員長だけの計画ではない。

JCメンバーは仕事が終わった夜に委員会を開催する。

皆忙しい中時間を作り、委員会メンバー同士がありとあらゆる意見を交わし、

その事業計画を作り上げてきたのだ。

そんな皆の想いを両肩に背負ってる委員長は決して折れることなく、

一心不乱にやらなければならない。

どんなことがあろうと、

自分は100%貴方達のことを信じている。

「ガンバレ、委員長!」

心の底からエールを送り続ける。

  1. 2008/02/21(木) 00:35:27|
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議論

青年会議所という位だから会議が多い。

JCの理事長でありながら議論は好きではない。

語弊があるので説明するのが、相手を論破する行為が嫌いなのだ。

確かにJCの会議では、自分がやりたい事業を遂行する為には、

無数の人と議論しなければならない。

そして納得させなければならない。

政治の世界でも物事の筋道を通し、論拠を明確に挙げて、

議論に長けている政治家を選ぶべきだ。

その事は十二分に理解している。

日々の生活でも大なり小なり議論は日常茶飯事だ。

自分はそんな時はあまり議論はしないことにしている。

とことん議論して、相手の論拠を潰して、納得させた。

その場と、その事柄はそれで結果が出た。

しかし、その論破された人は必ず遺恨が心の片隅に残る。

それが引っかかるのだ。

議論も使い分けが必要である。

あえて議論しなければならない時でも、沈黙を保っている事も意味がある。

それが相手に、余韻を持たす仕掛けに繋がったり、

物事を後でそうだったのかと、

冷静に考えるきっかけになるのではないか。

これから議論になるぞと思う瞬間、

是非一度この意味を深く考えたい。

  1. 2008/02/20(水) 00:13:58|
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真面目な人

真面目な人が好きだ。

真面目な人というと、皆どんなイメージを持っているだろうか。

自分の思う真面目な人は、物事に対して真剣に取り組む人である。

妥協を許さない人とも言う。

大体真面目な人は無口だ。

そんな面白みもない人は、つまらないという意見も聞く。

特に女性に。

自分に言わせれば「おぉ、結構ですね」とモノ申したい気持ちになる。

仕事の打合せや、待合わせなどで必ず時間の約束をする。

自分の判断基準で、その約束の時間に遅れずに、

しかも早めに来ている人には、

「真面目」が「信頼」に変わる瞬間である。

信頼を築くのは、そんな些細な自らの真面目な行動からである。

真面目な人は、精神が分厚い。

そしてその行動から、人に訴えるものが必ずある。

現代社会は真剣に物事に取り組むのがダサいと言われているそうだ。

アホか。

そんな風潮は聞く耳持たない。

真面目な人ほど「挑戦者」なのだ。

「クソ真面目」、おおいにパチパチ(拍手)だ!

  1. 2008/02/19(火) 00:37:01|
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メッセージ

射水JCのあるメンバーから長文のメールをもらった。

今現在の射水JCに対しての意見・質問・希望・助言や多岐にわたる内容だった。

このメールはプラスの事もマイナスの事も全部ひっくるめて、

今の射水JCのありのままの姿を映す鏡であると思った。

その事を真摯に受止め、理事長としてメールを返信した。

このメッセージは今自分が理事長としての職務を遂行している中で、

重要なキーポイントだと認識をする。

JCという組織は企業ではない。

企業であれば、人は必ず動く。

何故か?それは自らが行動したことに対して報酬という対価があるからだ。

だがJCは違う。

メンバーは経営者や会社員や、その立場は様々だ。

JCは「人」と「人」の心の共感でしか、決して「人」は動かない。

百の意見よりも、一の行動のほうが尊い。

JCは、「You are」ではない。

あなたが、どうすべきという他人任せではいけない。

全てが、「I am」である。

自分が何を考えているか、そしてその事から自分がどう行動すべきか、

何が出来るべきかを、矢印を自分に向けて思考し続け、行動に移す。

自分は今現在射水JCの理事長だが、

たまたま理事長職をやらせてもらっていると思っている。

今までの経験から、どんな役職でも全てが組織の重要な責務を担っていると確信したからだ。

皆がプレイヤーなのだ。

どんな立場にいても、JAYCEEは、自らが「変革の能動者」なのだ。

そんなシンプルで、

そして大切な事を皆に伝えたい。

  1. 2008/02/18(月) 00:29:41|
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ここずっと天気が冬型である。

毎日雪が降っている。

滑ることをライフワークとしているので、雪が降れば単純に嬉しい。

自分は雪にはかなり興味がある。

自然の雪山を滑っていると、快楽と危険が表裏一体であることを実感する。

雪崩に遭遇すると「GO TO DIE」である。

雪そのものや、雪崩が起きる条件について勉強し続けている。

シビアな経験も数限りなくしている。

しかしそんな勉強をしても、

雪山は初心者とかエキスパートとか関係なく、そこにあり続けている。

雪山に入ること事態が、海で言えば巨大なうねりに飲み込まれるようなものだ。

全ては「OWN RISK」なのだ。

しかし雪は、いつの時代も人間には関係なく降り続いている。

全てのものを包んで真っ白に輝かせる雪は美しい。

初めて立山の雄山まで登って、ピークから滑った時の感動は昨日のことのようだ。

厳冬期の白馬の不帰Ⅲ峰Dルンゼまで何時間もかけて登り、

無事ボトムまで滑り終えた時は雄叫びをあげた。

自分にとっての雪は「とことん楽しむ」

そしてそのことがあるからこそ、春の息吹を感じたときの感動はひとしおなのだ。

富山で雪が降るのは当たり前。

目の前にあることがマイナスではなく、素晴らしいものであるということ。

雪国はパラダイスである。

その意識が、人生を豊かなものにしてくれる。

  1. 2008/02/17(日) 00:13:43|
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想いの連鎖

わんぱく相撲打合せで、豊田相撲連盟会長と小神副理事長と藤井委員長とで会食をした。

相撲連盟の方が帰られた後に、二人と久々にじっくりと話した。

今、全ての委員会がフルで動いている。

藤井委員長は、夏に開催する青少年育成事業の為に、

雪の中歩いて現地調査を委員会メンバーと共にしている。

小神副理事長は二つの委員会を担当して、寝る暇もない。

そんな二人の事業にかける想いを聞いて胸がジーンとなった。

JCで委員長職をすることは登竜門だ。

小神副理事長が2004年に委員長をした時は、自分は専務理事だった。

荒削りだが、200%自分の想いで事業を遂行した、そして結果を出した委員長だった。

そんな彼が自分の経験を踏まえて、藤井委員長に一生懸命伝えようとしている。

そのことに感動を覚えた。

自分の想いを、またイチから行う人間にその想いを伝える。

その事が連鎖して、その「想い」が次の世代に継承されていく。

どんな組織でも、今存続しているということの意味は、

目に見えないその「想いの連鎖」なのだ。

いくら心の中で考えていても、行動しなければ何も始まらないのだ。

そんな事を自分では分かっているつもりでも、

プレイヤーとして頑張っている二人から教えられた。

よっしゃ、頑張ろうぜ!

  1. 2008/02/16(土) 04:37:56|
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日本人Part3

昨年「国家の品格」でベストセラーになった、

数学者の「藤原正彦教授」の講演を二度聴講した。

センセーショナルな内容だった。

松雄芭蕉の有名な句に、

「古池や、かわず飛び込む水の音」という俳句がある。

日本人は、直ちにこのしみじみとした情趣や哀愁を頭で想像できる。

この句を外国人に説明すると、無数の蛙が一斉に飛び込む姿を想像するそうだ。

また日本人は、鈴虫や蝉といった虫の鳴き声に季節を感じる。

外国人に言わせると、虫の音に情緒を感じるのは詩人だけだそうだ。

日本人は全員間違いなく、この感覚を持っている。

それは「もののあはれ」と称される。

例えば、「蛍」は美しい。

その奥底に感じるのは、今一瞬の刹那に懸命に光を放つ蛍の姿に共感するからだ。

桜もそうだ。

桜が一年中咲いてたら、こんなには愛されない。

一年に何日かだけ懸命に花を咲かす桜に、

人は人生のはかなさを桜をもって自分に投影するのだ。

また武士道精神では、「卑怯」というコトバがある。

これには理屈も理由もない。

強者が弱者をいじめること。

嘘をついて人を欺くこと。

行ってはならない人間の道理である。

そんな事から「日本人」という、

自分の揺るぎないアイデンティティを心の底から感じる。

  1. 2008/02/15(金) 00:34:31|
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日本人Part2

今、祝日に国旗を掲揚している家はあるだろうか。

子供の頃は、祝日になると近所の玄関に国旗がズラッと掲揚された。

「日の丸」は国家の象徴であり、平和のシンボルである。

国歌の「君が代」もしかりだ。

現代でこの話題をすると右寄りと言われる。

その事に憤りを感じる。

そうではない。

オリンピックで日本人が金メダルを得た時、

ワールドカップで日本人を応援する時、

痛烈に日本人という事を意識するのではないか。

不思議な事に、戦後日本だけが国歌としての「君が代」や、

国旗である「日の丸」に対する反対運動がある。

この事には多岐に渡る論議があるのであえて語らない。

アフリカでボランティア活動をする青年の話をしよう。

彼は、その国で夕方の定刻になると、

国民全員が国旗を掲揚して国歌を歌うことを知っていた。

ある日どうしても急いでいる用事があって、

バイクで広場にそのセレモニーを行っている場所を素通りした。

その結果、警察に銃を突きつけられ逮捕された。

そういうことなのだ。

自国の国旗や国歌にリスペクト出来ない人は、他国の人にもリスペクト出来ない。

自分の国を愛すること。

これには理屈はなく、絶対的なものである。

  1. 2008/02/14(木) 00:19:01|
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日本人Part1

自らが「日本人」という事を意識したことがあるか?

今自分が思っている事を徒然に述べる。

このテーマは深いので不定期に更新させてもらう。

日本は島国だ。

他国とは海を隔たれている。

だから自国の文化が発展したし、独特の国民性が養われた。

自分には5才離れた弟がいる。

彼は東南アジアからアフリカに数年間放浪していた。

6年前にカンボジアの娘と結婚した。

結婚式はカンボジアで挙げた。自分も出席した。

しかし、今は色々あって別れた。

彼と話していて率直に感じることは、彼は自らが「日本人」を意識して、

その上で異国に行ったのでは無かったということだ。

外国の人と話す時に、相手の国を知りたいと思うことは当然のことだ。

その話題は何でもいい。

自分なら、この射水の気候から、カニがうまいとか、最後はこの射水に住む「ひと」の

素晴らしさを訴えるだろう。

多分彼は、厳しい言いかたをすれば日本人としてのアイデンティティというものが無かった。

自分の精神を慰める為に、他者に情けを求める事は間違いだ。

外国に行く青年は多い。

でもその前に、暗中模索をとことん続け、

自分が信じている事を、まず自分の見える範囲で見つける作業のほうが大切ではないか。

目の前にダイヤモンドの原石がいつも落ちている。

「ローカルからグローバル、グローバルからローカル」なのだ。

日本人とは、

崇高な人間性があり、

自己犠牲も厭わず、

利他の精神に満ち溢れた人物である。

  1. 2008/02/13(水) 00:22:15|
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頼まれごとは試されごと

先日のブロック第1回全体会議の後のロムナイトで新入会員の林原さんと話した。

JCのここが素晴らしいとか、自分の最近感じている事を徒然に一方的に話した。

すると彼女のほうから突然、

『理事長、「頼まれごとは試されごと」って言うんですよ』

と唐突に会話が始まった。

その内容はこうだ。

人が人に物事を依頼する。

その前提にあるものは「期待」だ。

この人物なら必ずこの事を成してくれるだろうという想いの表れである。

事を成すことを「仕事」という。

そしてその人が仕事を遂行して結果を出してくれた時に、

その「期待」が、揺るぎない「信頼」に変わるのだ。

だから人に何か頼まれた時は、相手が自分に特別の感情を持っている事を忘れてはいけない。

その想いに答えなければ、自分の存在意義を消してしまう。

「頼まれごと」に対しての「試されごと」は自分自身に対しての挑戦と刻まなければならない。

自分は無理を言って08執行部の皆に役職をお願いした。

でも全ての根本は「このひとは、絶対に仕事をやり遂げてくれる」という想いだけだ。

失敗してもいい。

諦めずに、自分の精神が今もしかしてめげてるなら、

何回も自問自答して苦しんでくれ。

その次に出てきた答えが覚悟であると思う

それが、「挑戦者たれ」なのだから。

林原さん、いいコトバを伝えてくれてありがとう!

  1. 2008/02/12(火) 00:30:12|
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ブロック第1回全体会議

ブロック第1回全体会議が開催された。

昨年はブロック運営専務として開催側の責任者だった。

舞台裏での、07高田会長の挨拶前の緊張した趣が昨日のようだ。

橋本ブロック会長の挨拶には鳥肌が立った。

覚悟を決めた男の姿は美しい。

今年は理事長として違う立場での参加だ。

両方を見ているので、色んなモノが視得てくる。

今日は射水JCの事業方針の発表を自分が代表として登壇した。

射水JCが市町村合併に先駆けてLOM統合し、

どんな想いで市町村合併に携わってきたかを、

どうしても富山県内のブロックメンバーに伝えたかった。

自分達の活動が歴史の一ページを開いたこと。

その意識は、射水JCのメンバーさえも希薄になっている。

だからこそトップとしてコトバに発しようと思った。

自分達の行ってきた活動が、運動になり、結果を残していること。

まずこの事に誇りを持たなければならない。

富山ブロック協議会で集まるということは、そんな魂と魂のぶつかり合いなのだ。

自分が理事長になって、会員会議所で各地の理事長と話して思うこと。

彼らのコトバは深い。当たり前だ。

自分達のまちは自分たちでつくるという気概を全員がフルモチベーションで持っている。

こんなワクワクする富山ブロック協議会が最高である。

  1. 2008/02/11(月) 02:49:07|
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まもるの正しく生きよう!

先日、尊敬する06松井ブロック歴代会長からメールがきた。

ハローワークからの依頼で、毎年松井さんの母校である滑川高校で、

卒業後就職する予定の2年生を相手に「よい社会人になる為に」というテーマで一年間に

一回授業をしている。

今年もその日が来たそうだ。

その話を聞いて、今年は是非聴講させてほしいと、

松井さんの運転手&付き人を自ら志願した。

高校に行って、80名の生徒が教室に集まっていた。その内女子が何と70名!

自分はかなり恥ずかしく、隅っこでジッとしていた。

松井さんの講演は素晴らしいものであった。

そして何よりも高校生の姿に驚愕した。

今時の若者はという考えを自分も少なからず持っていた。

松井さんの講演が始まるや否や、真剣にメモを取る鉛筆のカリカリとする音が、

教室中に響きわたっていた。

考えてみればそうだ。

自分が17才の時は何にも考えてなかった。

ただただ世の中の全てに対して、反抗心や不満や欺瞞だけが満ち溢れている、

利己的な人間だった。

親にもさえ感謝の気持ちはなかった。

でも正しいことが正しいと言えず、気持ちが鬱屈としていた。

そんな暗中模索している時に、松井さんのコトバは心の奥底まで染みるだろうと思う。

芥川龍之介の小説を例えるならば、正に自分に助けの蜘蛛の糸が真っ暗な闇から降りてきた

気持ちだろう。

青春時代は夢と挫折の繰り返しである。

色んな多岐に渡る講演だった。

その中でも特に印象に残ったことは「愛と恋」の違いだった。

「愛」とは与え続けるもの。無償の愛。見返りを求めないもの。

「恋」とは奪うもの。

男と女ならば、この「愛」と「恋」は対極にあるものであり、正にシーソーゲームであると。

このバランスが崩れた時が男女の・・・。

彼のコトバはシンプルだ。

そこには年齢は関係ない。

「正しいものは美しい」

「信じているものがあることが幸せ」

自分自身の心がクリーニングされる時間だった。

講演を後ろから聴きながら、「高校生、ガンバレ!」と心の中からエールを送った。

その後は、真昼間からお互いカツ丼とカツカレーを貪りながら、

今自分が何を考えているか、

どんな事に感謝しているのか、

これから何をしたいのか、

自分はどうあるべきなのかを松井さんと延々と語り合った。

彼と友達であることを心の底から幸せで有ると再認識した。

  1. 2008/02/10(日) 06:08:25|
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WE BELIEVE1月号

「WE BELIEVE1月号」に射水JCが、

「平成の大合併とLOM統合」シリーズの第一弾としての取材記事が掲載された。

来月の2月号にも後編が掲載される。

昨年11月末に取材を受けた。

初代高田理事長・2代桶谷・3代背戸・4代自分が現役として残っているLOMは珍しいらしく、

4名の対談形式となった。

射水JCが間違いなく、1市3町1村の市町村合併に火をつけた。

もともとはこうだ。

最初は例会で、委員会毎に分かれ、

大きい紙に自分達の地域にこんなものがあったらいいなというものを、

好き勝手に書き込んで発表するというのが始まりだ。

今で言う「まちのグランドデザイン」だろうか。

段々と勉強を重ね、財政面からの問題点を挙げたり、議員や自治会にアンケートを取ったりした。

住民発議で合併運動が起こるまで様々な活動をした。

「I-city構想」を掲げ、まちの全てを巻き込んだ。

住民発議が起こった。

そして様々な問題が勃発した。

耐え切れず退会したメンバーもいた。

メンバーと雪の中、歩いて一万世帯にビラを配ったこともあった。

行き着くと、もはやJCの看板では動けなくなった。

有志で合併推進の組織を立上げ、毎日活動した。

時には露骨に妨害やバッシングが入り潰されたりもした。

色んな事がありすぎて、もはや語りつくせない。

結果は今、新しい射水市が出来ているということだ。

新射水市の資料の冒頭にも、

「市町村合併は射水JCが最初に発議した」と記されている。

間違いなく、歴史の一ページを我々JCが創った。

そしてこの「WE BELIEVE1月号」に取材を受けた事は感無量だ。

今現在の射水JC現役メンバーの中には、市町村合併やLOM統合に関わったメンバーは少ない。

でもその事にリアルタイムで関わった自分を幸せだと感じるし、

この経験をコトバで伝えていこうと思う。

今日のこのお題は一言では語り尽くせない。

自分はその大変な思いをした先輩の付託と信頼を一身に背負っている。

だから何があっても動じないし、挫折することはない。

何故ならば、その想いを受けている自分の身体は、

自分のものではないという感覚を抱いている。

それは覚悟だ。

おっと、いけない。この話題にはどうも熱くなりすぎる(笑)

また2月号掲載の際に・・・。

  1. 2008/02/09(土) 00:22:55|
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変えてはならない「義」の心

先日射水JCの2月度例会が開催された。

『変えてはならない「義」の心』と題して、

「到知出版社 代表 藤尾秀昭氏」にご講演をいただいた。

fujio-2.jpg

自分が何故この2月に精神性を訴える例会にしたのか?

その理由は、1月に開催した総会・新年祝賀会で2008年度の方向性を示した、

そして2月から具体的に事業が始まる。

この2月例会から一挙にメンバーのモチベーションを最大限に上げて、

ここまま加速して突っ走って行きたいという思いからだ。

藤尾社長の講演は素晴らしく、まだ余韻が冷めやらずにいる。

「人生とは出会いである」

藤尾社長のこのコトバの意味は深い。

人との出会いはもちろんのこと、試練との出会い、書との出会い、様々ある。

「人生という旅は、まだ出会っていない自分と出会う旅である」

人は学び続け、進化し続けるものなのだと。。

この例会を設えてくれた一杉委員長と人間力向上委員会の皆さん、本当にありがとう。

射水JCでは久々に92%の出席率になった。

委員長の熱い想いと、それを裏方で支える多くのメンバーの尽力が、

この例会で成果を出した。

人は人の頑張っている姿や、熱い思いに触れた時に心が揺さぶられるのだ。

最近メンバーの中にも温度差が顕著に見受けられる。それは事実だ。

しかし、やはり人は人に必要とされたいし、感動を求めている事をこの例会で実感した。

私をはじめとする執行部として、

メンバーの魂に火をつける設えをする責任があるということなのだ。

私達が行っている全ての活動は意味があり、意義がある。

そのことを理解すれば、一人ひとりの価値観が創出される。

その個の価値観が各々触れあい、組織としてプラスの方向性を見出したときに、

成果が表れ、我々の絆が育まれるのではないか。

この時期に達成感を味わいすぎだと言われるかもしれない。

しかし、感動した事は全員で共有して、お互いその感動をコトバに発することにより、

また相乗効果が生まれると信じている。

  1. 2008/02/08(金) 01:18:32|
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指きりげんまん

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」

よく子供の頃、友達とやっていた。

昔の人はこの後に、

「死んだらごめん」言っていたらしい。

今現代では「約束」とはどういう意味か皆が知っているのだろうか。

「死んだらごめん」に意味することは、

いったん結んだ約束はどんなことでも必ず守る。

決意と信頼の意思表示である。

守れないのは、死んだ時だけだという「義」の精神の表れだ。

相手を信じて、

「指きりげんまん・・・」

その契りの意味することは深い。

小指を出して人と指きりするとき、

相手に対しての深い愛情を自分自身で感じなければならない。

  1. 2008/02/07(木) 06:40:04|
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先日、あまり喋った事のない先輩と二人っきりで飲みに行く機会があった。

この先輩が熱く自分に語ってくれた。

自分はこの先輩を、こういう人と決めつけていたことを痛烈に反省した。

今まで対人関係の「壁」というものは、二人称で作っていると思い込んでいた。

それは違う。

自分の人生で、ここからそういう考えは止めようと決意した。

「壁」は一人称で作っている。

もし、相手が自分に「壁」を作っていても、

自分がその「壁」を打破すべき行動をすればよい。

全てが自分自信が、相手の懐に飛び込むか、飛び込まないかなのだ。

飛び込んでその人の心意気に触れた時に、

湧き上がるような感謝の気持ちが生まれると思う。

  1. 2008/02/06(水) 00:31:03|
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本質

「本質」というコトバを頭の中でよく使う。

JC流で言うと目的というのだろうか。

例えば、プロ野球の選手がいるとする。

その選手は小さい頃から野球を続けてきて、努力をして、プロ野球選手になった。

実績も残した。そして引退をした。

大球場での声援も自分の人生の一ページだろう。

その選手は年老いた晩年に、近くの公園で子供達が野球をしているところに通りかかる。

そしてふとしたことから、その野球に参加する。

その時思うのは「私は野球が大好きだ」と確信するのではないか。

長々と書いたが、自分の考える「本質」とはこんなことである。

行動していることの目的を見失う事がある。

その時は物事の「本質」を再認識しなければならない。

自分の中ではコトバとして「目的」よりも「本質」を使いたい。

「本質」はシンプルなものである。

そして、原動力である。

コトバでは表せないものかもしれない。

いつでも起点に帰り、今の己の行動を省みる。

「本質」を見極められる男になりたい。

そして「本質」に忠実に生きたい。

  1. 2008/02/05(火) 00:30:30|
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MY水筒

最近、コンビニに行くこと事態に罪悪感を感じるようになった。

なぜなら、買った飲み物・食べ物と同じ位の量のゴミが出るからだ。

例えばコンビニ弁当を買うと、プラスチックの容器から、箸、お手拭、

もちろん飲み物のペットボトル、そしておまけのレジ袋までも購買してしまう。

突然喉が渇いたら、いつでも好きな飲み物がどこでも売っている。

でも渇きで胃を満たすのに、ペットボトルは無駄ではないか。

アウトドアが好きなので、昔から水筒を使っている。

いつもではないが、最近出来るだけ水筒を持参するようにしている。

特にこの魔法瓶タイプが優れものだ。
080203_1947~0001

コーヒーや紅茶を常飲しているタイプではないので、日中そんなに水分を摂らない。

必要な水分を考えると、色々試したが、この350mlの魔法瓶に行き着いて酷使をしている。

夏は大き目の氷をぶち込んで、水を入れるとOKだ。

無くなれば水を継ぎ足しておけば、いつでもつめたーい水が味わえる。

冬は熱い飲み物。

自分のマイブームは「黒豆茶」。

厳冬期の山で一息入れる熱いお茶は最高の贅沢だ。

マイ箸とマイバッグは皆結構持っている。

そして次は、マイ水筒、いいと思う。

紙コップやペットボトルや缶を使用しなくて済む。

「えっ、それだったらアナタ缶ビール飲んでないの?」

それは・・・。

生涯の課題である・・・。

  1. 2008/02/04(月) 00:20:29|
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目に見えない確信

「目に見えない確信」

今日、自分の愛する人とをこんな事について話をした。

相手がいれば「信頼」というのだろうか。

自分自身の行動に例えれば「自信」というのだろうか。

人は誰でも自信がない。

不安もある。

でも人の強さや、頑張りや、一生懸命さに直に触れた時に、

自分の「個」が変わる。

それは自分の為ではなく、人の為に限界を超えても頑張れる自分を発見する。

それは「覚悟」というコトバかもしれない。

この「覚悟」が「強き信念」に変わるのだ。

心という土壌に根をはり、

自分の細胞が隅々まで満たされている事を実感して、

「目に見えない確信」を心で感じる。

  1. 2008/02/03(日) 00:32:26|
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加速

2008年度が始まってから、毎日必ずどこかの委員会が開催されている。

自分は報告で聞くだけだが、動き出していることに感動を覚えざるをえない。

今小さいことから大きいことまで、心を研ぎ澄まして耳を傾けるように心がけている。

どんな大河でも最初のひとしずくは涙位の量だろう。

しかし、そのひとしずくがどんどん集まり、峻烈な流れになり、

岩肌を削る位の勢いになり、平地に出れば豊富な水量を湛え、

落ち着きゆったりと流れる。

全ては自分一人ではなく、人と人とが重なり合い、磨かれ合い、

そして加速していくのだ。

そんなプラスの加速をJCメンバー皆が、そして射水を愛する人達が、

共有しなくてはならない。

  1. 2008/02/02(土) 06:03:01|
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個と組織の一体感

本日、射水JC運営幹事会が開催された。

野村事務局長が中心となり、各委員会の運営幹事とオブで委員長とで組閣される。

運営幹事の皆さんに是非お伝えしたいことがあり出席させてもらった。

「個と組織の一体感」と所信に書いた。

コトバだけを捉えると難しいかもしれない。

自分の伝えたいことは極シンプルだ。

人(JAYCEE)をとことん好きになってほしい。

そうなれば、そんな情熱溢れる人(JAYCEE)が集まる組織(JC)が自然と好きになる。

そんな想いを込めて縦軸と横軸のバランスを取る為に、本年度より運営幹事会を立ち上げた。

JCはある意味体育会系である。

自分の入会した時は、先輩から物事を頼まれると「YESか、ハイ」だった(笑)

自分も断った記憶がない。

それもまあいいだろう。

だが自分は、理事長として2008年度行うことは全て意味があることを伝えたいと思った。

説明責任を果たす努力をした上で、プラスアルファを各々が感じてもらいたいと思った。

スタッフや委員長や理事であれば、色んな会議で議論しているので、

本年度の想いはある程度は伝播できる。

しかし、全てのメンバーに伝える為には、やはり横軸の連携をきっちりと取る必要性がある。

トップダウンも時には必要だが、やはり皆が今自分自身が行っているJC活動に、

意義を見出せるしつらえをする必要が組織の長としての責任である。

そんな想いを込めて、本日の運営幹事会では、今自分達の組織が抱えている現状や、

その事に関して2008年度はこう進化していきたいということなどをお伝えした。

メンバーが85名もいれば、なかなか全員とは話す機会がない。

でもそういったしつらえをすれば、またそこで話したメンバーが、

違うメンバーに伝播してくれくれるだろう。

そして運営幹事会が終わり、その後に委員長同士で懇親会があるらしく、

皆意気揚々と会場に向かっていった。

そうだ。いいぞ。それこそ横軸の連携だ!

今日は少しクドイか(笑)

  1. 2008/02/01(金) 00:11:30|
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